大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和42年(ワ)555号 判決

原告 仲道義孝

右訴訟代理人弁護士 松村

被告 仲道弘

右訴訟代理人弁護士 竹中一太郎

主文

一  被告は原告に対し金二六七、九四〇円およびこれに対する昭和四二年四月三〇日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告その余の請求はこれを棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は第一、三項につき仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

原告は「被告は原告に対し金二六九、九四〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二請求原因

一、被告は訴外亡仲道雷太郎の弟であり、原告は雷太郎の二男である。被告は父の訴外亡仲道雷太郎から、その生前に同人所有の福岡県朝倉郡杷木町大字松末一、一〇二番地の一(宅地四四坪八合八勺)外八筆の土地および右同町字浦山一、一〇三番地の一所在木造瓦葺二階建居宅一棟(建坪四〇坪七合五勺)の贈与を受け、これらの所有権を取得したと主張し、右物件を原告が無断で売却したため、被告は右売却価額相当の損害を蒙ったので、原告に対し右損害の内金一〇〇万円の損害賠償を求めると称して、昭和三九年八月一七日当庁(昭和三九年(ワ)第七五一号損害賠償請求事件)に訴訟を提起したが、同庁より昭和四一年二月二八日請求棄却の判決が言渡された。これを不服とした被告(右訴訟の原告)は、福岡高等裁判所(昭和四一年(ネ)第二〇五号)に控訴したが、同庁より昭和四一年一一月二九日控訴棄却の判決が言渡され、これに対する上告をしなかったので、右第一審判決は確定した。

二、右訴訟は被告(右訴訟における原告)の故意または過失による違法な訴提起に基づくものである。

すなわち、昭和九年四月一〇日福太郎の死亡後、家督相続人である雷太郎が、右物件を相続取得してから、昭和三七年に福岡県およびその他の第三者に売却するまで、雷太郎は右物件を自己の所有物として占有使用し、右物件に関する納税をし、福太郎が残した負債を逐次支払い、右物件上の抵当権設定登記も抹消してきた。

被告は右事実を知悉し、なんらの異議もさしはさむことなく長年月を経過してきたのに、雷太郎が病臥し重態となって再起が絶望視されるに至った昭和三八年八月二六日なんらの予告もなく突如雷太郎を相手方として、福岡家庭裁判所甘木支部に前項記載の訴訟の請求の趣旨および原因とほぼ同様の事実を主張して調停の申立をしたが、同年一〇月右調停は不調に終った。雷太郎は弟である被告の悪どい仕打に憤りかつ心痛しながら同年一二月八日死亡した。

被告は右調停が不調に終った後、なんらの措置にでることなく静観していながら、原告が昭和三九年八月四日心筋硬塞兼脳動脈硬化症のため一時危篤状態におちいったのを見計らうようにして、同月一七日前項記載のとおり訴訟を提起した。

被告の右訴訟の提起は、雷太郎が発病再起不能となった時突如調停の申立をしたのと同様に、原告が発病重態におちいり所有権の防禦を十分になしえない間に所期の判決を得ようとの意図のもとに、無権利者であることを知りながらした違法な行為である。

三、原告は右訴訟に応じ、防禦のために、次の費用を要しこれを支出したので合計金二六九、九四〇円の損害を蒙った。

(一)  右訴訟に必要な書類作成に要した費用合計金七、九四〇円

1 金五二〇円 戸籍謄本三通

昭和三八年九月五日 支出

2 〃五〇〇円 診断書

同年同月二〇日 〃

3 〃四、九四〇円 登記簿謄本等

昭和三九年一一月一八日 〃

4 〃四八〇円 戸籍謄本二通

昭和四〇年六月一日 〃

5 〃五〇〇円 診断書

同年同月二八日 〃

6 〃五〇〇円 同右

同年一〇月三日 〃

7 〃五〇〇円 同右

昭和四一年六月九日 〃

(二)  松村弁護士に支払った着手金、成功謝金、旅費等の費用

合計金二六二、〇〇〇円

四、よって、原告は被告に対し右損害金二六九、九四〇円およびこれに対する右不法行為の後で本件訴状送達の翌日たる昭和四二年四月三〇日から完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三請求原因に対する答弁

一、請求原因第一項の事実を認める。

二、同第二項の事実は否認する。

被告は請求原因第一項記載の訴訟につき、勝訴の確信があったのでこれを提起したものであって、被告が、かく信じたことにつき過失はなく、また原告を困らせるために提起したものでもない。もっとも、訴訟の結果は被告敗訴となったが、これは証拠方法の欠缺に基づく結果であって訴提起行為自体について不法行為は存しないのであるから、右訴訟の法定の訴訟費用に包含されない原告主張の費用について、被告は不法行為に基づく損害賠償義務を負担する理由はない。

三、同第三項の事実は不知。

第四証拠≪省略≫

理由

一、請求原因第一項の事実については当事者間に争いがなく、右事実に≪証拠省略≫を総合すれば、被告は当庁に原告主張の訴訟提起当時、当該物件に対する自己の所有権の存在しないことを認識しえたはずであり、認識しなかったとすればその認識しなかったことにつき少くとも過失があったものと推認することができる。被告は、被告敗訴となった右訴訟は、証拠方法の欠缺に基づく結果であって、訴提起に故意または過失はなかったというが、右推認をくつがえすに足りるなんらの証拠もない。従って、右訴提起は、不当な訴訟として、これにつき被告に過失の責があるものと推認するのほかはない。

よって、被告は民法七〇九条により右訴訟によって発生した原告の損害を賠償する責任がある。

二、そこで、原告の損害について検討する。

≪証拠省略≫によれば次の事実が認められる。すなわち、原告は前記認定の訴訟のため請求原因第三項の(一)、1、3、4の各書類作成に要した費用合計金五、九四〇円を支払った事実、原告が右訴訟のため福岡県弁護士会所属松村弁護士を訴訟代理人に委任し、右弁護士に対し弁護士報酬、旅費、その他手数料として合計金二六二、〇〇〇円を支払った事実がそれぞれ認められる。右各費用は、いずれも原告が被告の不当な訴権行使に対し、やむなく自己の権利を防禦するために応訴し、必要費用として支出したものであって相当なものと認むべく、右認定をくつがえすにたる証拠はない。

原告主張のその他の費用(請求原因第三項の(一)2、5乃至7)についてはこれを確認すべき証拠がない。

四、よって、原告の本訴請求は、被告に対し、右損害合計金二六七、九四〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日たること記録上明らかな昭和四二年四月三〇日から完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当としてこれを認容し、その余の請求は失当としてこれを棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 木本楢雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例